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「上から目線」はお嫌いですか?
私もつい最近までは「上から目線」が大嫌いでした。「アンタ何様」としか思えないですもの。でも、自分も「上から目線」している人を「上から目線」で批判。以下無限ループ。
しかし、今は「上から目線」をある程度受け入れられるようになってきたつもりです。その理由は、就職活動をするうえで自分に対する客観的な評価を下してもらい、適正や今の自分の問題点について考えるためです。同じ立場に立って人を評価しようと思えば、その人と長く時を同じくするか、その人の話を相当よく聞く必要があります。かといって、人に自分のことを聞く上でこっちが上から目線になってしまってはただの傲慢です(なのでいわば就活の「道具」として人の上から目線を受け入れているだけで、ほんとのところは今でも上から目線が大嫌いです)。
ある人物や物事について客観的に語る際は、その対象について相当調べ上げる必要があります。そして、それはプロフェッショナルではない一般ピーポーに出来る業ではありません。よって、専門家でない人が特定の人物や物事について語る際は、どうしても主観性の入り込む余地が大きくなり、上から目線になりがちです。
「だったら、素人はブログとかで好き勝手に発言するな」、そう思われるかもしれません。しかし、政治の専門家ではない一般ピーポーとしての国民が選挙や世論を通じて政治にある種評価や主張を行うことで、民主主義は保障されています。素人も素人なりに経験を積み、考えているのですから自分がわかっている範囲で物事を語る権利はあるでしょう。また、そもそも主観性のない、客観的な事実だけが認められるのなら小節もエッセイも評論も消えうせ数字と記号だけが支配する世界になってしまいます。よほどの数学マニアでない限り住み心地が悪いことは目に見えています。
さらに、他の人が読んだ文章を読む際には、その人に読ませてもらっている、何かを教えてもらっているという意識をどこかでは持っておいたほうがいいと思います。知識を吸収したり物事を理解したりするには、無意識であってもそれを受け入れ、認める覚悟が必要です。極端な話ですが、「上から目線」を嫌って他の人の意見に耳を貸さない場合、自分の主張や考え方が他の考え方からはなれていき宙に浮いてしまう可能性があります。
なんかわけのわからない記事になってしまいましたが、要するに主観的に人物や物事を評価、評論、批判する場合はどうしても上から目線という前提から逃れ去ることはできない、と言いたいだけなんです。まぁ、ろくに対象について調べずに上から目線叩いている人々については論外だと思っても問題はないでしょうが。
しかし、今は「上から目線」をある程度受け入れられるようになってきたつもりです。その理由は、就職活動をするうえで自分に対する客観的な評価を下してもらい、適正や今の自分の問題点について考えるためです。同じ立場に立って人を評価しようと思えば、その人と長く時を同じくするか、その人の話を相当よく聞く必要があります。かといって、人に自分のことを聞く上でこっちが上から目線になってしまってはただの傲慢です(なのでいわば就活の「道具」として人の上から目線を受け入れているだけで、ほんとのところは今でも上から目線が大嫌いです)。
ある人物や物事について客観的に語る際は、その対象について相当調べ上げる必要があります。そして、それはプロフェッショナルではない一般ピーポーに出来る業ではありません。よって、専門家でない人が特定の人物や物事について語る際は、どうしても主観性の入り込む余地が大きくなり、上から目線になりがちです。
「だったら、素人はブログとかで好き勝手に発言するな」、そう思われるかもしれません。しかし、政治の専門家ではない一般ピーポーとしての国民が選挙や世論を通じて政治にある種評価や主張を行うことで、民主主義は保障されています。素人も素人なりに経験を積み、考えているのですから自分がわかっている範囲で物事を語る権利はあるでしょう。また、そもそも主観性のない、客観的な事実だけが認められるのなら小節もエッセイも評論も消えうせ数字と記号だけが支配する世界になってしまいます。よほどの数学マニアでない限り住み心地が悪いことは目に見えています。
さらに、他の人が読んだ文章を読む際には、その人に読ませてもらっている、何かを教えてもらっているという意識をどこかでは持っておいたほうがいいと思います。知識を吸収したり物事を理解したりするには、無意識であってもそれを受け入れ、認める覚悟が必要です。極端な話ですが、「上から目線」を嫌って他の人の意見に耳を貸さない場合、自分の主張や考え方が他の考え方からはなれていき宙に浮いてしまう可能性があります。
なんかわけのわからない記事になってしまいましたが、要するに主観的に人物や物事を評価、評論、批判する場合はどうしても上から目線という前提から逃れ去ることはできない、と言いたいだけなんです。まぁ、ろくに対象について調べずに上から目線叩いている人々については論外だと思っても問題はないでしょうが。
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