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あふれる感情を言葉にして表すにはそれだけの字数を要する
人間、誰しも不安や不満を抱えています。「リア充」と呼ばれている人も、テレビの有名人も、世に言う「成功者」たちも、みんな不安や不満から完全に開放されて生きていけることはないのです。普段楽しそうに振舞っていても、自分の本当の気持ちがわかってもらえないと不満に感じている人がいるかもしれません。自分の主張や考え方を世に問うたり周囲の人たちと共有したりできないことにフラストレーションを募らせている人たちがいるかもしれません。成功したり、目立ったりするがゆえに失ったり手に入れられなかったものがあることを後悔し続けている人がいるかもしれません。
わかってほしい、自分と共通の趣味や思想を持つ人たちと会いたい、自分の気持ちを誰かにぶちまけたい、そういった気持ちがキーボードを叩く指を加速させ、長文を作り上げている。私にはそう思えてなりません。
◆インスパイア元(あまり関連性はありません)
・あなたの言いたいこと、5行で済むのに33行まで引き伸ばしてませんか?(発信元:どらみそら。様)
わかってほしい、自分と共通の趣味や思想を持つ人たちと会いたい、自分の気持ちを誰かにぶちまけたい、そういった気持ちがキーボードを叩く指を加速させ、長文を作り上げている。私にはそう思えてなりません。
◆インスパイア元(あまり関連性はありません)
・あなたの言いたいこと、5行で済むのに33行まで引き伸ばしてませんか?(発信元:どらみそら。様)
感動とは○○である〜今のテレビ番組が忘れているもの〜
・感動とは価格を付けることができないものである。
本を読んで感動する人がいます。映画を見て感動する人がいます。友達の言葉に感動する人がいます。両親の優しさに感動する人がいます。……。
何に感動するか、どのくらい心を揺さぶられたか、などということは人によって異なります。よって、感動に価格や程度といった尺度を設けることはできませんし、そもそも無意味です。
・感動とは時に不確実性の産物である。
人はなぜ宝くじを買うのでしょうか?「宝くじは夢を買うものだ」なんて話を聞いたことがありますが、お金を儲けるためではなく、当たったときの感動も購入の動機として大きく作用しているように思います。実際、宝くじよりも確実に(あるいは高確率で)お金を手に入れる方法なんていくらでもあるはずです(例えば、懸賞に応募するほうがはるかに当たりやすいでしょう)。億単位というお金と、それに当たる確率の低さが、宝くじにロマンを与えているのです。
また、偶然の出会いや人の思いがけない言葉が人生を変えた、なんて話はよく聞きます。すべて計算され、決まりきった環境よりも多少の不確実性があったほうが感動はより大きなものになるはずです。
・感動とは圧倒的な衝撃を持って生じるものである。
感動して涙を流す、感動して情景が目に焼きつく、といった感情に至るには、相当な力が必要になります。例えば作品で持って人を感動させようとこころみるなら、それ相応の努力と才能が必要になります。
「何気ない一言に心を動かされた」なんてこともありますが、それはその人がそのタイミングでその言葉を言ったからこそ、胸に響きそのまま心の中に残っているのでしょう。心無くして、感動はありえません。
インターネットでは長くテレビがつまらないといわれ続けています。少し前に「もう一度見たい、復活して欲しいバラエティ番組ランキング」なんていうのが公開されましたが、私くらいの若い世代でもこういう話に関心を示す人がいるというのは、それだけ今のテレビ番組が単純に面白さで昔のテレビに劣っているからでしょう。
しかし、映像技術の進歩は常に続いており、テレビ関係者も50年以上の歴史において視聴者のツボを押さえる術や求められている番組を制作するノウハウはある程度蓄積されているはずです。また、Youtubeやニコニコ動画には時折バラエティ番組がアップロードされてそれがブログやニュースサイトを通じて人気を集めることもあり、今でも面白いテレビ番組は存在し続けているはずです。では、なぜ「テレビはつまらない」と言われているのでしょうか?
その理由は、技術の進歩やプロデューサーたちの熟練によって、確実に視聴者の心をつかむ方法をテレビ関係者が知ってしまったことがテレビ番組を悪い方向に進めてしまったからでしょう。テレビ関係者は「視聴率を稼ぐ錬金術」を知ってしまいました。それによってテレビの価値が視聴率やスポンサー料という尺度で測られていくようになってきました。視聴率は高ければ高いほど視聴者のニーズにこたえているということになるので、重要であることは確かです。しかし、視聴率が悪くすぐ終わってしまったけれども人々の記憶に残っているテレビ番組もあることは事実です。
また、視聴率を稼ぐ番組作りが主流になると、不確実性はなるべく排除されるようになるでしょう。そうなるといわゆる「やらせ」が横行するようになったり、感動を押し付けるべく演出過多になっていったりするでしょう。「ハイリスクハイリターン」という言葉がありますが、今のテレビ番組は少ないリスクで高い視聴率を求めようとするあまり、そこから視聴率が得られる感動はインパクトの少ないものへと変わっていると思います。
「エンタの神様」という番組はその題名でGoogle検索を行うと関連検索として「エンタの神様 つまらない」と出てくるほどネットでは悪評を受けているテレビ番組ですが、これこそまさに「視聴率を稼ぐ錬金術」によって成り立った番組であると言えるでしょう。まず、「芸人たちが決められた内容のコントを決められた時間の枠でステージ上で行う」、「トークなどを出来る限り排してネタだけに視聴者が集中できるようにする」、などといった方法でで不確実性を徹底的に排しています。
また、宴会芸の延長線上のようなネタが多く、視聴者をあっと驚かせるような迫力や衝撃は薄くチープに思えるものも少なくありません(逆に、そういったものを追求すると好き嫌いが分かれるため、不確実性が増すのでしょう)。そのほかにも実力はあるが地味でインパクトの薄い芸人はあまり出ない傾向にあったり、番組の空気を乱さないために本来の芸風とは違う芸をやらざるを得なくなっているように感じる芸人がいたりします。
こういう期待値的に視聴率が最大になるような番組作りを至上に掲げるような傾向がテレビ業界に蔓延しているから、感動が薄れて「テレビがつまらなくなった」のではないでしょうか?
◆関連リンク
・もう一度見たい、復活して欲しいバラエティ番組ランキング(発信元:痛いニュース(ノ∀`)様)
・エンタの神様裏側…(発信元:アンチエンタの神様同盟様)
本を読んで感動する人がいます。映画を見て感動する人がいます。友達の言葉に感動する人がいます。両親の優しさに感動する人がいます。……。
何に感動するか、どのくらい心を揺さぶられたか、などということは人によって異なります。よって、感動に価格や程度といった尺度を設けることはできませんし、そもそも無意味です。
・感動とは時に不確実性の産物である。
人はなぜ宝くじを買うのでしょうか?「宝くじは夢を買うものだ」なんて話を聞いたことがありますが、お金を儲けるためではなく、当たったときの感動も購入の動機として大きく作用しているように思います。実際、宝くじよりも確実に(あるいは高確率で)お金を手に入れる方法なんていくらでもあるはずです(例えば、懸賞に応募するほうがはるかに当たりやすいでしょう)。億単位というお金と、それに当たる確率の低さが、宝くじにロマンを与えているのです。
また、偶然の出会いや人の思いがけない言葉が人生を変えた、なんて話はよく聞きます。すべて計算され、決まりきった環境よりも多少の不確実性があったほうが感動はより大きなものになるはずです。
・感動とは圧倒的な衝撃を持って生じるものである。
感動して涙を流す、感動して情景が目に焼きつく、といった感情に至るには、相当な力が必要になります。例えば作品で持って人を感動させようとこころみるなら、それ相応の努力と才能が必要になります。
「何気ない一言に心を動かされた」なんてこともありますが、それはその人がそのタイミングでその言葉を言ったからこそ、胸に響きそのまま心の中に残っているのでしょう。心無くして、感動はありえません。
インターネットでは長くテレビがつまらないといわれ続けています。少し前に「もう一度見たい、復活して欲しいバラエティ番組ランキング」なんていうのが公開されましたが、私くらいの若い世代でもこういう話に関心を示す人がいるというのは、それだけ今のテレビ番組が単純に面白さで昔のテレビに劣っているからでしょう。
しかし、映像技術の進歩は常に続いており、テレビ関係者も50年以上の歴史において視聴者のツボを押さえる術や求められている番組を制作するノウハウはある程度蓄積されているはずです。また、Youtubeやニコニコ動画には時折バラエティ番組がアップロードされてそれがブログやニュースサイトを通じて人気を集めることもあり、今でも面白いテレビ番組は存在し続けているはずです。では、なぜ「テレビはつまらない」と言われているのでしょうか?
その理由は、技術の進歩やプロデューサーたちの熟練によって、確実に視聴者の心をつかむ方法をテレビ関係者が知ってしまったことがテレビ番組を悪い方向に進めてしまったからでしょう。テレビ関係者は「視聴率を稼ぐ錬金術」を知ってしまいました。それによってテレビの価値が視聴率やスポンサー料という尺度で測られていくようになってきました。視聴率は高ければ高いほど視聴者のニーズにこたえているということになるので、重要であることは確かです。しかし、視聴率が悪くすぐ終わってしまったけれども人々の記憶に残っているテレビ番組もあることは事実です。
また、視聴率を稼ぐ番組作りが主流になると、不確実性はなるべく排除されるようになるでしょう。そうなるといわゆる「やらせ」が横行するようになったり、感動を押し付けるべく演出過多になっていったりするでしょう。「ハイリスクハイリターン」という言葉がありますが、今のテレビ番組は少ないリスクで高い視聴率を求めようとするあまり、そこから視聴率が得られる感動はインパクトの少ないものへと変わっていると思います。
「エンタの神様」という番組はその題名でGoogle検索を行うと関連検索として「エンタの神様 つまらない」と出てくるほどネットでは悪評を受けているテレビ番組ですが、これこそまさに「視聴率を稼ぐ錬金術」によって成り立った番組であると言えるでしょう。まず、「芸人たちが決められた内容のコントを決められた時間の枠でステージ上で行う」、「トークなどを出来る限り排してネタだけに視聴者が集中できるようにする」、などといった方法でで不確実性を徹底的に排しています。
また、宴会芸の延長線上のようなネタが多く、視聴者をあっと驚かせるような迫力や衝撃は薄くチープに思えるものも少なくありません(逆に、そういったものを追求すると好き嫌いが分かれるため、不確実性が増すのでしょう)。そのほかにも実力はあるが地味でインパクトの薄い芸人はあまり出ない傾向にあったり、番組の空気を乱さないために本来の芸風とは違う芸をやらざるを得なくなっているように感じる芸人がいたりします。
こういう期待値的に視聴率が最大になるような番組作りを至上に掲げるような傾向がテレビ業界に蔓延しているから、感動が薄れて「テレビがつまらなくなった」のではないでしょうか?
◆関連リンク
・もう一度見たい、復活して欲しいバラエティ番組ランキング(発信元:痛いニュース(ノ∀`)様)
・エンタの神様裏側…(発信元:アンチエンタの神様同盟様)
そろそろ怒っていいかな?
・【韓国】 「対馬も韓国の領土」で日本に対抗せよ…ハンナラ党・許最高委員(発信元:痛いニュース(ノ∀`)様)
ウチはあんまり政治に関して発言するのは好きじゃないんですが、今回の話についてはどうしても言及したくなったのでエントリを起こしました。対馬って日本人住んでるんですよね。というか、大学の後輩で同じ学部のヤツが対馬出身なんですよね。ですから、私個人としても対馬という場所にはかなり興味があったわけです。で、コレですか。いつからなのかはわからないのですが「対馬 - Wikipedia」は半保護で現在編集できないみたいですね。まったくどうコメントすればいいのやら。
今私は大学で戦後史について研究しているのですが、どうやら連合国の日本占領政策では米英中ソの四ヶ国でドイツのベルリンみたく分割統治する案もあったとか。また、「日本の占領は百年続ける」と豪語したこともあったみたいです。しかし、実際そうならなかったのはやはり経済発展の問題上それは的確な方法でないと判断されたからでしょうし、連合国からしても民主主義を日本に定着させる上でこれらの過激な占領政策は非効率だと読んだからでしょう。
韓国だって北緯38度線で自国がふたつの国に分割されてしまっている現状はあまり好ましいものでないと思っているでしょう。なのに日本には「ここは俺たちの領土だ」と線引きを要求する。なんというか、50年以上前の軍人さんたちよりも頭の悪い判断を示す韓国の政治家さんにはホント失望しました。
もちろん韓国人がみんなそういう思想を持っているものではないんじゃないかと私は思っています(実際、私と同じ大学で学んでいる留学生の方々はいい人ばかりです)。しかし、国を担って行くべき人々がこういう主張を平然と行ってしまっているあたり、やっぱり韓国という国とは一定の距離を置いたほうがいいのかなと思うようになってしまいました。日韓ワールドカップから6年。交流に進展がない隣国とのお付き合いにホント落胆してしまいます。
ウチはあんまり政治に関して発言するのは好きじゃないんですが、今回の話についてはどうしても言及したくなったのでエントリを起こしました。対馬って日本人住んでるんですよね。というか、大学の後輩で同じ学部のヤツが対馬出身なんですよね。ですから、私個人としても対馬という場所にはかなり興味があったわけです。で、コレですか。いつからなのかはわからないのですが「対馬 - Wikipedia」は半保護で現在編集できないみたいですね。まったくどうコメントすればいいのやら。
今私は大学で戦後史について研究しているのですが、どうやら連合国の日本占領政策では米英中ソの四ヶ国でドイツのベルリンみたく分割統治する案もあったとか。また、「日本の占領は百年続ける」と豪語したこともあったみたいです。しかし、実際そうならなかったのはやはり経済発展の問題上それは的確な方法でないと判断されたからでしょうし、連合国からしても民主主義を日本に定着させる上でこれらの過激な占領政策は非効率だと読んだからでしょう。
韓国だって北緯38度線で自国がふたつの国に分割されてしまっている現状はあまり好ましいものでないと思っているでしょう。なのに日本には「ここは俺たちの領土だ」と線引きを要求する。なんというか、50年以上前の軍人さんたちよりも頭の悪い判断を示す韓国の政治家さんにはホント失望しました。
もちろん韓国人がみんなそういう思想を持っているものではないんじゃないかと私は思っています(実際、私と同じ大学で学んでいる留学生の方々はいい人ばかりです)。しかし、国を担って行くべき人々がこういう主張を平然と行ってしまっているあたり、やっぱり韓国という国とは一定の距離を置いたほうがいいのかなと思うようになってしまいました。日韓ワールドカップから6年。交流に進展がない隣国とのお付き合いにホント落胆してしまいます。
「合理的な」ストレス解消法が「最善である」とは限らない〜一人カラオケのすすめ〜
道徳的な観念に基づけば、ストレス解消における最善策はその原因に立ち向かい、問題を解決することによって根元からストレスを断つことでしょう。確かに、それは最もです。ストレスを発散するだけなら問題の根本的な解決にはなりませんし、何よりも自分以外の何かに損害が及びます(お金だったり、他人だったり、モノだったり……)。
ただ、ひとつひとつの問題に対して大真面目に対応できるほど人間暇ではありませんし、そんな精神的余裕もなまずないでしょう。そうやって溜め込まれたストレスが爆発してしまえば、発散するよりも大きな被害が外部、ないし自分に響く可能性もあります。よって、ストレスは適度に発散すべきです。
しかし、ストレスを発散するにしても出来るだけ少ない額で効果的であることを重要視したくないでしょうか?そこでオススメしたいのが「一人カラオケ」です。これなら人に迷惑がかかることはありませんし、1000円あればそこそこシャウトできますので費用対効果も抜群です。
「恥ずかしい」とか「音痴だから」とか「そもそも音楽にあまり興味がない」とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、心配は無用です。誰も聞いていませんし、何回も通えば上達します。また、カラオケに行けば最新のヒット曲や人気の動向が探れるので音楽にも詳しくなれます。
かく言う私は一回しか一人カラオケに行ったことがありません。しかし、自分の好き勝手暴れまくれる場所なんてカラオケボックスしかないので、これからもストレスで爆発しそうになったらひとりカラオケへ向かうと思います。
みなさんも「ヒトカラ」やってみませんか?
初のトラックバックテーマ投稿エントリですがどうでしょうか?
FC2 トラックバックテーマ:「1人カラオケしたことありますか?」
ただ、ひとつひとつの問題に対して大真面目に対応できるほど人間暇ではありませんし、そんな精神的余裕もなまずないでしょう。そうやって溜め込まれたストレスが爆発してしまえば、発散するよりも大きな被害が外部、ないし自分に響く可能性もあります。よって、ストレスは適度に発散すべきです。
しかし、ストレスを発散するにしても出来るだけ少ない額で効果的であることを重要視したくないでしょうか?そこでオススメしたいのが「一人カラオケ」です。これなら人に迷惑がかかることはありませんし、1000円あればそこそこシャウトできますので費用対効果も抜群です。
「恥ずかしい」とか「音痴だから」とか「そもそも音楽にあまり興味がない」とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、心配は無用です。誰も聞いていませんし、何回も通えば上達します。また、カラオケに行けば最新のヒット曲や人気の動向が探れるので音楽にも詳しくなれます。
かく言う私は一回しか一人カラオケに行ったことがありません。しかし、自分の好き勝手暴れまくれる場所なんてカラオケボックスしかないので、これからもストレスで爆発しそうになったらひとりカラオケへ向かうと思います。
みなさんも「ヒトカラ」やってみませんか?
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自分の聞いたことがあるアルファベット3文字の言葉をひたすら書き綴ったエントリ
詳細は検索して見るお。拡張子と英単語は省いたんだお。なお、書いていると途中で「三文字キーワード(英数・記号) 」なるものを見つけてしまったんだお。そこから聞いたことのあるものは載せたお。知っているかどうかではなく、あくまで耳に覚えがあるかどうかで判断したお。









